モミジ再び
●一月のモミジ/ドラえもん独立
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しばらく雨が降らなかったが、冬は水やりが少なくてすむ。すむとか偉そうに言ってるが、実際は「うっかりやらない日が多かったのに損害がなかった」というだけのことである。他の時期ほど蒸発がなく、水が多いとかえって凍る。その点では、ものぐさなベランダーにはいい季節なのかもしれない。
増えた鉢といえば、二度目のオブコニカくらい。いまだ衰えないシクラメンの近くで、あのてんこもりの花を咲かせている。プリムラ類。葉が固くちぢれ気味で、肌の弱い人はかぶれる。花の印象は「大きなニチニチ草」という感じだから、どうしたって庶民派である。その庶民派が意外や意外、触ると危険なのである。身持ちの固い娘っ子と言えばいいだろうか。
四枚の花弁それぞれの先が二つ三つに割れている。咲きそめの頃は薄いピンクで、それがだんだんと赤紫に染まっていく。一本の茎から枝分かれして競うように花をつけるから、花弁は自然互いに重なり合い、めくれ上がったりする。ぎっしりと、しかし軽やかに咲く。大群の蝶がいるような浮き立った気持ちにさせてくれる。しかも、強いから育てやすい。俺の好きなタイプの鉢である。
以前育てていたやつも元気は元気だったのだが、強いだけに葉の徒長が激しく、次第に花が小さくなってしまった。もともと何年も育てるような鉢ではないのだ。それでも無理やり育て続けるのがベランダーの掟ではあるものの、花が小さいとやはりつい邪慳に扱ってしまう。置き場所にも世話にもハンディが出て、やがて根腐れ気味になり、往年の華々しさが信じられないような腰の曲がった老婆になって他界した。
潔く咲いたものは、潔く土に返す。そういう心持ちが必要な気がし始めている。
さて、そんなオブコニカの繁栄の陰で今問題になっているのは例のモミジである。いや、元気だ。枯れたりはしていない。ただ、二本それぞれの育ち方があまりに違うのである。それがどうにも不思議で心配なのだ。
そもそも、根がついた直後から差は出ていた。一方はすくすく育つのだが、もう一方がどうにものんびりしていたのである。それがここにきて、とんでもない差になってしまった。「のび太くん」(育っている方のあだ名である。そりゃ俺だって植物に名前を付けるような育て方はしたくないが、一応認識のための記号である。そうしないと、いつまでも「大きく育っている方」と曖昧な言葉を使っていないといけなくなる)はすでに二十センチを越している。ところが、「ドラえもん」(一方がのび太なら仕方ないではないか)はようよう五センチ。
少し大きめの鉢に植え替えたのが、確か去年の秋だった。その時はそれほど歴然とした差がなかったように記憶している。だが、いつからかのび太はドラえもんの分の栄養をがめつくかすめ取り始め、森の掟にしたがってより多くの太陽の光を吸収してぐんぐん発育したのだった。俺は気がついてすぐに鉢の位置を修正し、太陽の側にドラえもんを向けたものである。そうしないと、のび太の影に入ってますますいじけてしまうからだ。
ところが、一度いじけたものはなかなか背筋を伸ばさない。最近では太陽欲しさにぐにゃりと曲がり、どうにもさもしいチビ助になっている。それを見下ろすのび太のまた得意そうなこと。背が大きい分だけ葉の数も多いから、余裕しゃくしゃくあたりを見回し、すっかり金満家の様子である。ドラえもんは勢いに押され続け、日照権を主張する気も失せているといった状態だ。
弱肉強食なのである。動物と違って植物界は平和なイメージを持っているがとんでもない話である。先に伸びたやつには必ずといっていいほど福がある。新参者は馬鹿をみる。根をからめられ、日光のおこぼれをちょうだいし、ひっそりと生きていくしか手がなくなる。じっと不遇に耐え、隣の金持ちの家が虫かなんかで焼かれてしまうのを待つ以外ないのだ。一方はこれみよがしに成長する。一方は他人の不幸を待ち続ける。それが植物の世界である。
俺は一ヶ月ばかり前からドラえもんを独立させたいと思っている。いくら宿題をかわってやっても、のび太はたいした感謝などせず、勝手に遊び勝手に発育する。これではドラちゃんの立場がない。未来にでも帰ってもらう以外なくなってしまう。
だから植え替えなのだが、俺はこわいのだ。
ここまで育ったモミジが植え替えを期に弱ってしまわないかとひやひやしているのである。のび太の執拗な要求を満たし続けたドラえもんが、果たしてうまく独立してくれるか。俺にはその確信がない。のび太だって心配である。弱いドラえもんがいたからこそ、何か底知れない植物的なシステムで元気に背を伸ばしていたのかもしれないのである。
これは藤子不二雄FとかAとかいうものの別れにも似ている。どちらかが弱く見えたり、順風満帆に見えたりしていても、コンビネーションの妙がある。他人にそれを見通すことは不可能である。
さあ、どうしよう。
のび太くんとドラえもんの別れはすぐそこに迫っているのである。