ダリア/月下美人
●十一月のベランダ/ダリアの救急処置体制
今年のぼさ菊は去年よりもまとまった形で咲いた。 結局水やりと肥料に気を遣っていただけで、どうボサボサしようがかまわなかったのだが、そこはやはり放任主義家庭の子供である。十月の終わりから十一月中旬まで、やつは全体としてなんとか球状に見える格好でたくさんの黄色い花を開かせたのである。 あるいは、俺が不格好に慣れてしまっただけだろうか。 ベランダではシャコバサボテンも蕾をつけ始めている。去年の苦労が身にしみて、今年は短日処理をしないつもりでいたが、やはりシャコバもぼさ菊同様その放任を肌で感じたのか、勝手に大きな蕾を赤く染め出したのである。 だが、すべてが放任でいいというわけではない。ふと見れば、弱り切ってしまった鉢どももおり、俺の救いを待っていたりする。 以前ダリアを買った。窓際に置いてやったのだが、花はすぐに弱り、しぼんでしまった。俺は即座にそいつをベランダ送りにした。外の風でも浴びて野性を取り戻して欲しかったのだ。 幸い茎がひょろひょろ伸びてきた。確か夏のことである。これならよしとばかりに俺はダリアにたっぷり水をやり、放っておいた。 ところが、みるみるうちに伸びた茎がしなって蛇状になり、鉢の外に首をもたげ始めた。野性というよりは、青白い顔をしたノッポの病人である。実際、茎は細く、色も薄くなってしまっている。 こうなると俺はいったん興味を失う。なぜだかわからないが、力なく伸びた茎というものに根本的な嫌悪があるらしいのだ。これで先に花でもつけていれば、逆に”なんという頑張り屋なのだろう”と愛をほとばしらせることも出来る。だがしかし、なんの成果もなくひょろひょろし、しかもぐんにゃりしてへたばっている輩が俺には許せないのである。 それでダリアは”あっても、ないような感じ”の鉢に成り下がった。もちろん水はやる。だが、その際にも俺は確かにそこにある鉢をないもののように扱っていた。ありもしないものに水をやっている感じ……。いわゆる精神分析学でいう『否認』の機制が働いてしまうわけである。 おかげでダリアは弱った体を鉢の外に伸ばしながらひと夏を過ごし、つらい秋を迎えつつあった。 だが、昨日、ダリアは俺に発見し直された。俺は突然、”ないはずのものがあった”ことに気づいたのである。 おそらく、俺はベランダに冬の到来を感じたのであった。どの鉢を室内に取り込み、どの鉢を寒風にさらすか。その判断はベランダーを緊張させる。時期や種類を間違えたら最後、鉢は死んでしまうのだし、つくはずの花もつかなくなるからだ。さらに枝の切りつめやら肥料の最終確認など、冬の前にしておくことは多い。 その緊張感あふれる選択の中で、ぐんにゃりダリアは唐突に俺の目の前にあらわれたのだった。こいつはどうしたことだ! 俺は心の中でそう叫びさえした。これほどまでに弱り、よく見ればわかのわからない虫にたかられて白茶けてきているダリアを、なぜ誰も助けてやらなかったのだろう! 俺はその非情な男を責めた。その怠惰を責め、無知を責め、しかし周到に憎まずにおいて、救いの手を差し伸べようとしている自分だけを愛した。ようするにダリアは俺の自己満足のためだけに発見され、救われたのである。 俺はベランダの隅っこにあったダリアの鉢を部屋からよく見える場所に移し、添え木を数本あてて茎をまっすぐにした。この間、わずか四十秒であった。次に俺は肥料のアンプルを取り出し、先を歯でちぎった。中の肥料液が少し口の中に入ったので、まるで西部劇の主人公が噛みタバコを吐くような感じで吐き捨てた。 普通にハサミで切れば、人間たる自分に植物の肥料を与えるような馬鹿をしなくてすんだのだが、俺は手早い看護をする自己に陶酔していた。すぐさま、防虫スプレーをかけた。風が吹いてきて、かなりの量が俺の体にかかった。しかし、なにしろ相手は緊急患者である。どんなことがあっても、俺は耐えなければならなかった。 さらに、枯れてへばりついた葉をむしった。むしりついでに健康な葉もむしっていた。事態がさし迫っている以上、その程度のことは許されるべきであった。 こうして、たった三分ほどの間に、ダリアは完全なる治療を受け、ベランダの中で最もいい場所に立つことになったのである。 俺は今もダリアを見ている。常に監視出来る場所にある以上、二度と茎をへたばらせ、わけのわからない虫に痛めつけられることはないはずである。そんな憂き目にあっていたダリアを俺は救い、冬を越させてやる気概に満ちている。 だが、それでもひょろひょろのままならば、やつはまた”あっても、ない”鉢として不遇の生涯を送ることになるだろう。
●十一月の月下美人/徒長の怪物
月下美人とのつきあいも長くなってきた。多くの男たちと同じく俺もまた、それがサボテンだと知らぬうちから、甘い幻想を抱いていたものである。
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