55-8-7(透視図に関する三つのルネサンス文書 3/14/2001)



(その2)


 アルベルティのかなりわかりにくいテキストを理解出来るとしたら、第一にしなければならないのは 彼の考えた装置や仕組みがどんなものであるか、特にそれらを用いて何をしようとしたのかにたどり着 くべく、希望を持って素早く文中を駆け抜けることである。  記述にあたってアルベルティが通常の絵画に関する言葉で語ろうとはしていない以上、それは何より 重要なことなのである。  著作三部のうちの三番目、その第二節で、アルベルティはこう言っている。 「画家の仕事は何らかの板、または壁の上に絵の具で線または色をあらわし、任意の対象の可視の面を 再現することである。それは視界の中央から一定の距離、一定の位置で行われる。そうすることによっ て絵は対象におおよそ似るのである」  目と対象の間にある視界を描く線に関して、アルベルティは言う。 「(視)光線は目の中で精妙な糸の束となり、一本の鉄の帯のように見えると想像される。また光線全 体は枝を刈り込んだ木や、若い枝がそこからまっすぐに美しく伸びるコブに似ており、何であれ相対し た面に向かっている」  彼はこうも言っている。目に見える範囲の境界まで向かう光線は視界のピラミッドと呼ばれ、画家は 目から所与の距離にあるピラミッドを透明なガラスで切断するようにして、見ている物を板に描く。そ れゆえ、絵を見るものは視界のピラミッドの閉じられた部分を見ることになるのだ、と。  光と影、そして反射に関する記述の中で、アルベルティはかつてローマで描いた不思議な絵(Miracoli della oictura)が示したような問題が多々あると言う。のちに彼は、どんな絵画も一定の距離から見 なければ自然には似ないと言い、以前友人たちをして奇跡だと驚愕せしめた「デモンストレーション」 についてくわしく書けば、その証拠になるだろうと述べている。  少しあとの重要な箇所で、アルベルティは「目と絵のあるべき距離を決定する」と書く。これは一般 の画家は誰も考えないし、求められもしないことである。  #かつて、8-1において、僕はこう書いた。 “『不実なる鏡』でテヴォーは“なぜだまし絵ではなく鏡像装置なのか”と自問し、「視野はその  全体がこの鏡によって占められるからだ」と言っている。しかし、それはあまりに単純な理由だ  ろう。ブルネレスキは見る者を「現実のブラッチョによる距離と、ほぼ同じ距離」に置こうとし、  いわば透視図法の計算のただ中に鑑賞者を巻き込もうとしたのである”

 この直観は正しかった。ブルネレスキの同志アルベルティは、まさに「目と絵のあるべき距離」  をはじき出すために、「不思議な絵」(当然これはあの、穴のあいた羽子板のような装置だろう)  を描いたのであり、デュシャンもまた『遺作』において「目と絵のあるべき距離」を限定したの  だと言える。さて、訳を続ける。  こうした記述に関する感覚の糸口になるのは、アルベルティの『Vita anonyma(#名もなき生)』 (私はジャニツェックのドイツ語版を訳した)にある。ジャニツェックはその中で、アルベルティが “絵画に関して幾つかの本を書いており、この技術の助けによって物事を前代未聞のやり方で運び、見 る者が目を疑うようにさせる”と言い、“アルベルティは、小さな閉じた箱にあけた小さな穴から物を 見せ、それを「デモンストレーション」と呼んだのだが、見ているものが描かれているのか、自然その ものなのか、芸術家も一般人もわからなかった”と記している。  これらのヒントが強く示唆しているのは、アルベルティが覗きカラクリか、光学的な模型(#a visual model)の研究から出発したという可能性だ。  だとすれば、テキストを徹底的に細かく検証する前に、最もシンプルな覗きカラクリや模型がどんな ものだったかを見たほうがいいし、それが遠近法の構築や、単純な遠近法を得るための経験的な図へと 至るかどうかを探った方がいい。    最も簡単な類の模型は直方体の箱で、一方の端の上部に向かって目か覗き穴があり、床あるいは箱の 底に対象物があるもので、穴と対象の間に垂直の仕切りがひとつ、ないし複数存在する。それぞれの仕 切り板の上に対象の絵を描くと、それが箱の中で適正な位置に来ていれば、覗き穴から見ている者はそ れが仕切り板の上の絵か、床の上の物体かを判断するのが困難になる。  こうした覗きカラクリや模型を作る者、操作する者にとって、大きな問題は所与の仕切り板に描く絵 の形、サイズ、位置を決めることとなる。経験的な効果のためには、最も単純な対象物を使うとよい。 実験の最高の対象物は、箱の底の上に側面と平行にして置かれた方眼(#checkerboard)である。  方眼を置いたら、覗き穴から方眼の線の交点に向けて糸を伸ばす。これは目と方眼の間にある像を線 であらわすものである。(図6を見よ。ここではわかりやすさのために、二つの辺の交点にだけ糸を伸 ばしてある)


著作中の「図6」



(以上、2はまだ続く)



 #デュシャンの『遺作』において、ひとつの謎は穴と対象物の間に、ひとつの仕切りがあることであ
  った。これが気になって仕方がなかったのだが、アイヴァンスによれば仕切りこそが重要だったの
  だ!

 



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