55-5-5(オポジションの研究 11/22)



 オックスフォード版のチェス辞典で、オポジションはどのように規定されているのか。 O君が訳してくれたものを要約し、また改訳も時にしながら説明したい。
 もしも、チェスを実際的に考えるのが面倒な人がいるとしたら、55-5-9に飛んでい ただいていい。しかし、デュシャンの考えたことの片鱗にわずかなりとも触れようと思 うなら、まさに片鱗しかわからない僕にしばらくつきあっていただきたい。
 では、始めよう。オポジションとはいったい何か?
『白キングと黒キングの特殊な位置関係のことで,一つには両キングの距離に関わる。 両キングがオポジションにあるといえるのは、(a)局面がツークツワンクであり、 (b)両キングが以下の座標関係にある場合である。
 1.直接オポジション   (2,0)
 2.中距離オポジション   (4,0)
 3.長距離オポジション   (6,0)
 4.対角線オポジション   (2,2)(4,4)(6,6)
 5.間接オポジション   (2,4)(2,6)(4,6)
 両キングが同じファイル(縦の列)にある場合を「垂直のオポジション」、両キングが 同じランク(横の列)にある場合を「水平のオポジション」と呼ぶこともできる』

<ここで、「(2,0)」「(2,2)」などと言われるのは、縦のマス目の数と横のマス 目の数だという。つまり(2,0)なら、両キングは縦の同じマス目(ファイルという) 上におり、二つ分だけ離れている。ただし、この場合、二つというのは相手に到達するま で距離だから、ひとつ分のマスをはさんで対峙しているわけだ。  水平のオポジションなら(0,2)や(0,4)もあり得るから、上の数字は一例だろう。
 これに対して(2,2)とは、横にもふたつ分だけ離れていることになる。両者はつま り、以下の図1の位置にいることになる。ただし、この図は実際にはチェスゲームにはあ り得ないことを断っておく。両キングしか残らない時点で引き分けなのだ。相手キングを 取るには完全に接触せねばならず、接触はした方の負けを意味するからだ。自殺手が禁じ られている以上、それは不可能である。

 ポーンという邪魔者が必ず存在する中での両キングの“にらみ合い”。それはまさしく 55-4-13で示した『遺作』の構図に似てはいないだろうか?

 さて、オポジションの研究に戻る。ここで面白いのは、離れたマス目が偶数に限定され ていることである。(2,3)はオポジションとされないのだ。ということは、下図でもわ かるように両キングが必ず同色のマス上にいなければならないということなのである。
 直接、中距離、長距離まではわかりやすい。確かに両キングは同じ縦マスにあり、互い に“見合って”いる。これに対して対角線オポジションは偶数で同数ずつズレている。 しかし、必ず対角線上で“見合って”いる(奇数の場合は辞典の別項にあり、他の機会に また考察してみたい)。
 したがって、問題は間接オポジションの理解ということになる。試みに(2,4)を以 下の図2に示した。キングはこう見ると“見合って”いないように思える。非常に数学的 な根拠を持って、それをオポジションにしているのであろうことだけがわかる。
 O君、間接オポジションはなぜ“見合って”いるとされるのだろう?  そして、なぜ偶数分の距離に限定されているのだろう?>


図1

図2

図3
<さて、続きをはしょりつつ見ていこう。すぐに説明するのでひとまず読んでいただく>

  『図は「垂直の直接オポジション」である。<ここでは図3に示した>
1)白先手はドロー 1. Ke5 Ke7z  ※「z」はツークツワンクの記号である 2. Kd5 Kd7z 3. Kc5 Kc7z 4. b5      ※白はキングを進められないので,代わりにポーンを進めた  ...... Kb7 5. b6   Kb8 6. Kc6 Kc8z 7. b7+ Kb8z と続く  2)黒先手は白勝ち 1. ......  Ke7 2. Ke5z Kd7 3. Kd5z Kc7 4. Kc5z Kb7 5. Kb5z Ka7 6. Kc6     ※白は黒キングを包囲した   ........ Kb8 7. b5  Ka7 8. Kc7 Ka8 9. Kb6 Kb8 10. Ka6 Ka8 11. b6z Kb8 12. b7z    と続く』

<「1. Ke5 Ke7z」とは、「一手目 白がKe5 黒がKe7と受けた」という意味。そし て、途中の指定通り、「z」がツークツワンクをあらわす。
 なぜツークツワンクかというと、先手の白キングがKe5に移動した以上、黒キングは横 滑りして左に移動せざるを得ないからである。そうしなければ、d3の位置にいるポーン が動き出し、四歩で黒陣営の端に達してしまう。端に達したポーンはキング以外のどのよ うな駒にも変身出来るから、最も強い駒クイーンになってしまえば黒の敗北は決定的なの である。
 左側のポーンの歩行を防ぐためなら、「横滑りでなく例えばe8に行き、後退しながら近 づけばいいではないか」という考えもあるだろう。しかし、その一手の読み間違いが死を 招く。もし白キングe5で黒キングKe8なら、白キングはd6に行くだろう。ここで黒はポー ンの侵入を阻止するためにd8に入らざるを得ない。その間に白はポーンを動かすか、キン グをc6に。いずれにせよ、白キングは完全なる護送で白ポーンを相手陣営端に移動させる 結末となる。ぴったり護送されてしまえば、黒キングは手を出せないからだ。手を出した 途端に白キングに命を奪われるからである(ルール上はそうした自殺行為は禁じられてい るが、意味としてはそういうことになる)。
 したがって、ともかくオポジションをいったんでも外してしまえば、黒は“ポーンを護 送する白キング”に先手を取られて敗北する。だから、着手強制(ツークツワンク)に応 じざるを得なくなるのだ。
 さて、続きである>   『以上は,このポーンの形(b4にポーンが1つ)が持つ特性であり,同様のツークツワン クが計6パターンある。つまり,白キングがa5、b5、c5、d5、e5、そして上で示した f5にある場合である。その際、黒キングはそれぞれa7、b7、c7、d7、e7、f7に位置す る。こうした関係性をa5=a7,b5=b7……と表記することができる。この=は,つなが れた2つのマス目が「対のマス目 conjugate squares」と呼ばれるものであることを示し ている。「対のマス目」とは,すべてのツークツワンクで見られる相関的な関係性を表現 した言葉である』

<ここで出てくる「対のマス目 conjugate squares」こそが、これまでシスタースクエ アと呼んできたものの別名である。デュシャンの著書でいえば「cases conjugees(ただ し最初のeに左下がりのアクサンタギュが付きます)」だ。
 つまり、“ツークツワンクが始まった位置関係にあるキングのマス目”がシスタースク エア、すなわち「姉妹マス」「双子マス」とでも言うべきものであり、以後決まった動き をしなければならない運命を指すのである。
 ここで、なぜgとhのファイルが無視されているのかと考えれば、ポーンがb4(左か ら2ファイル目)にあるからだと推定される。2ファイル分、右から削除されるのだ。と いうことは、残ったポーンの数と位置によって、「姉妹マス」「双子マス」の規定が違 うだろうことが予想され、事はさらに数学的に複雑化するだろうと思われる。
 では、おそるおそる次へ進もう。

 見合い続ける運命。そして、運命的な双子のように決定されてしまった同調。それはひ とつにはチェスが必ずたとえられる鏡を思わせるし、我々にとってデュシャン=ルーセルの 関係を思わせるものでもある。その想像はやはり消えずに残り続ける。



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