55-7-3(『遺作』の床 3/9)



 前項を書いてからずいぶん経ってしまった。  唐突に行き詰まってしまったのである。

 行き詰まりながらベルクソンやハイデガーのことを考えていた。  もともと古典哲学は性に合わない。  だが、ルーセルのいう「時間」「空間」を正しく知るには、1920〜30年代のフランスに 影響を与えたであろう代表的な哲学を読まなければならないのだ。

   行き詰まりから脱するのにまだまだ時間がかかるかもしれない。  その間に見ておいて欲しい図がある。


図34


 これがデュシャン『遺作』の床に敷かれた市松模様のリノリウムである。正確な比率では
ないものの、だいたいこのような奇妙な形になっている。
 この図の下部分に壊れたレンガの壁が積まれており、さらにその下方にいったん空間があ
って、覗き穴のある木の扉が立っている。我々はそこから中を覗き、空間とレンガ壁を経て
ようやく内部に視覚を届かせる仕組みだ。
(参考までに「遺作」 ただし、覗き穴の向こう)
 最も上の部分は右上がりに切られている。つまり、背景は斜めに立てられている。これも
謎めいた作りである。だが、デュシャンがなんの計算もなくこうしたとは思えない。
 ともかく、今は床だけに注目しよう。この変形した五角形が問題なのだ。
 この形がひょっとしたら、ルーセルの「キングの決闘」の最終場面における“死活線”に
関係しているのではないか、とかつて僕は考えたのだった。
 だが、少なくともあのポーン・エンディングでの両キングの移動範囲と重なるものがいま
だに見出せない。それも行き詰まりの原因のひとつである。

 もうひとつ、ちなみに女の全裸人形が置かれている台の位置を示しておく。


図35

 これも正確とは言えないが、なるべく忠実に作ってある画像だ。
 赤い丸にはたいした意味がない。上に背景、下にレンガの壁というくらいのことである。

 デュシャンはこの『遺作』を全面市松模様のリノリウムが敷かれた秘密の部屋で制作し続 けた。公開された写真によれば、そのリノリウムの上にこの五角形のリノリウムを載せて作 業している。  対象へのすべての関心を捨てて作品を作ったデュシャン。  だが、ユーモアは常に横溢していた。  このリノリウムも、その形も、少なくともあるユーモアによって意味付けられているだろ うことは確かである。  だが、それがわからない。  下の図と何か関係がある、という直感だけがあり続けるのみだ。  


『キングの決闘』より 図32


 しばらくは手が進まなくなりそうだ。
 中盤戦で突如、迷いが生じてきたのである。
 
 


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