55-5-12(すべては照応する 12/8)



 赤間啓之氏が口訳してくれたものを僕の責任で修正したのが、以下の、ルーセル公式 をベタぼめするタルタコーバによる文章である。むろんほんの一部だ。

「今まではチェスを学ぶ者の注意をミラーポジションの存在に向けさせるということが あまりなかった(“元U.A.A.Rのアマチュア氏”は私に[こだまのポジション]と名 付けるよう提案している)。だから、そのことがレーモン・ルーセル(公式)の教育上 のメリットであるといえる」

 驚くべきことに、レーモン・ルーセルの『白のビショップは自分の側のキングの協力 のおかげで黒のキングをますます狭められた包囲網の中に閉じこめておくので、白のナ イトの役割はいずれセディーユになる役割に限定される』という定跡は、その内部に “鏡の関係”を含み込んでいるらしいのである。  少なくともタルタコーバはそう主張しているのだ。


図11

図12

図13
   図11と図12がレーモン=ルーセル式定跡におけるチェックメイトの模様である。  いずれも雑誌『レシキエ』に発表されたタルタコーバの図をもとにしている。  ちなみに盤の左隅だけが、他の場所を省略して描かれている。  一方で『調停される』が出版された年の11月にこのルーセルの公式が世に出たの である。  図11は白ビショップがチェックしてメイト。  図12は白ナイトがチェックしてメイトになったところだ。  ルーセルはつまり、この“ビショップの右下にナイトが控えている状態”をセディー ユと呼んだ。例のCの下にヒゲがついたフランス語独特の記号のことである。

 そして、図13。これは広い盤面になっている。ルーセルのいう『自分の側のキングの 協力のおかげで黒のキングをますます狭められた包囲網の中に閉じこめておく』とは、 どういうことか。タルタコーバは例えばこういう。 「ビショップはa2-a8の斜辺のマス目を監視をするのみならず、必要な場合にはa4の後 方からの逃走のための白いマス目も監視する」  白キングの目も光っているから、黒キングは「a2,g8,a8の三角形の中」に閉じ込めら れる。「a2-a8の斜辺」から黒キングが三角形の外に出ないように監視するのが白キン グの役割であり、プレッシャーをかけながら三角形を狭めていく。  この「a2,g8,a8の三角形の中」に黒キングを閉じ込めておきながら、白のプレイヤー はやがて図11、12のような極小の(a8,a6,c8)三角形を作ってメイトするのだ。

 盤上には四つの隅があるから、同様の三角形は四つ描ける。  さらに“同色のビショップとナイト”を必要とするから、白と黒の二つの場合がある。  かけて8。  タルタコーバは『指摘の追加』という項目で、こうした8つの三角を「8つのミラー・ ポジション」と呼んでいるのである。 “レーモン・ルーセル(公式)の教育上のメリット”は、プレイヤーがこうした三角形を 鏡像関係のようにして意識することにもある、とタルタコーバはいうのだ。

「a2-a8の斜辺」、または「a2,g8,a8の三角形」という考え方はつまり、前項の図10 における斜線、そして「ミラー・ファッション」と同型のものである。  参項図10。


図10

   さらに“元U.A.A.Rのアマチュア氏”というのがクセ者だ。  デュシャンの『調停される』の中にも、この謎めいた人物の名前が出てくるからだ。  残念ながら今のところ、このU.A.A.Rがどんな組織であるかわからない。  アマチュア氏自体は、仮名でチェス界に新局面をもたらした有名人なのだろう。  奇怪な人物である。

   しかし、とにもかくにも、『調停される』と『レーモン=ルーセル式』の間には数々の 符号があり(1932年、『レシキエ』、鏡、“元U.A.A.Rのアマチュア氏”)、少なくとも 同じ種類の時代意識を背負っていたことは確かだと思われるのである。

 デュシャンとルーセルは、チェスでもってつながっていたと言ってもいい。

 いやはや、チェスそれ自体を語ろうとすると面倒な記号が多すぎる。 『調停される』の翻訳をO君にゆだねて、僕はまた別な考えの中に入り込もうと思う。            



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