55-4-14(「遺作」2 99/11/11)
だとすれば、穴の向こう側にいるキングは誰なのかということになる。
中にいたのがデュシャンなのではなく、外から対戦していたのがデュシャンだとしたら
(もはや我々観客がこの作品にとって、つまりこのゲームにとって部外者に過ぎない以
上)、穴の向こう側にいるキングを同定しなければならなくなる。
そうだ。だからこそ、ここにルーセルを持ってこなければならないのだ。
なぜなら、もともと「遺作」がルーセルの遺書になぞらえられたものであることは、
我々にとってほとんど明白だからだ。ルーセルは自分の小説制作の秘密を印刷しておき、
死後に配るよう指示したのだった。その文書の中には、自ら発見したと言い張る「ルーセ
ル式定跡」が入っていた。そして、死の二年前に作られた地下墓所は“四区画の八階建
て”で床は一面の市松模様。つまりチェス盤のちょうど半分のマス目がそこにしるされて
いた。
僕は55-1-3で、“チェス盤のもう半分は一体どこにあるのか”と書いた。
もう場所はわかっている。
下に市松模様のリノリウムが敷かれた「遺作」の中だ。
デュシャンはやはりルーセルの仕掛けた挑発を解き明かし、対決し、しかし相手の身振
りをそっくり真似ることによって永遠のドローに持ち込んだのである。
黒キング、デュシャン。
とするならば、「遺作」の中、他者ルーセルを迎え入れた墓には何が隠されているの
か。ルーセルのように自己の作品制作の手法がすべて持ち込まれているか、あるいはデュ
シャンのことだ、自分ではない他者ルーセルの手法を忠実になぞっているおそれもある。
チェスの鏡世界を歪めれば、ルーセルの墓にデュシャンがおり、デュシャンの「遺作」に
ルーセルがいることだってあり得るのだ。
しかし、ここはまずオポジション中心に想像を広げてみることにしよう。
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