55-3-11(第一語と祖語)
デュシャンはさかんに「第一語」とメモに記す。普通の言語学ならば「祖語」と書かれるか
ら、なんらかバイアスのかかった思考をあらわしているとみて間違いない。
祖語自体は、ヨーロッパ言語学が古くから固執し続けていた概念であった。いや、ヨーロッ パ共同体が形成された現在、その概念は政治的にも強く、かの地を縛っている。
ウンベルト・エーコが『完全言語の探究』を出版したのも、緒言にはっきりとあるように” ひとつのヨーロッパ”のためである。この書物の中に無駄なくまとめられている通り、ヨー ロッパは起源の言語を探し求めてきた。「最初に言葉ありき」と聖書に言われるその言葉とは 何か。そう考えるからこそ、神聖なる言葉の魔術としてカバラが生まれ、またそれにともなっ て記号を操縦することによる記憶術(!)や暗号が発展する。
アナグラムもまた、もともとはカバラの発想それ自体としてあった。祖語は「神が世界を創 造した方法」であり、無限に組み替えることがすなわち物を生み出す行為ともなるからだ。い わば”失われた神の言語、完全言語”をヨーロッパは復活させようと試みてきたのである。
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