55-2-3(デュシャン/白と黒)
画家であったデュシャンがチェスの中に光の明滅を見ていなかったはずがないだろう。
白と黒は正しくは色ではないからだ。
それは光の有無のことである。
根源的に絵画を考えぬいたデュシャンがチェスの中に引きこもったことを単純な趣味の問題 として片づけてしまうのは、だからこそ盲目的なのだ。
チェスは光の有無をあらわしたゲームである。その意味では碁も同じだと考えられる。ただ し、碁では盤面から光が消え、そこが九という数で仕切られた都市となる。数字という抽象的 な概念が光にとってかわるあたり、いかにも中国的だ。ちなみに、将棋は光が消えたボード ゲームとも言える……と思っていたのだが、O君にメイルでこう反論されたものだ。「将棋の 駒は”成る”ことで赤い文字を表にさらす。光が現れることがそこに表現されてはいないか」 と言うのである。
チェスの原型はインドのボードゲーム、チャトランガであるといわれる。諸説あるが、四人 が四方向から戦うこのチャトランガは、アシタパーダという古代のゲームから八×八のボード を導入して七世紀初頭に生まれ、同世紀中盤、ペルシャの侵入を期にアラブ世界に持ち帰られ てシャトランジと呼ばれた。おそらく盤面の白黒はこの時に生まれたものだろう。
さらにヨーロッパに伝わるのはアラブ人のスペイン征服を待たなければならない。十世紀の ことである。一方、東へ東へと流れて我が国で将棋となったといわれるから、チャトランガと いう原初のボードゲームは西で光の明滅をあらわし、東ではいったん光を隠して、それをゆっ くりとあらわしてみせるゲームになったといえる。
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